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古いブログから ~東日本大震災、体験記⑪


2011/07/29 13:54

東京にいる彼の父が飛行機のチケットをとってくれた。 本当に感謝でいっぱい。 であると同時に、家族や親戚みんなをこんな混乱の中において東京に戻るのがとても悔しかった。 まだ両親はお風呂に入ってない。 全然元通りの生活に戻ってない。できることなら仙台に残って、みんなと一緒に戦いたかった。 しかし、東京に戻ってやるべきことが山積みだ。被災地を外側から見て、どんな行動をとるべきか考える、それが私にできることだった。 飛行機の便が朝早かったため、山形で一泊することになった。しかし、考えることはみんな同じ、山形のホテルはほとんど空いてなかった。高級旅館が一部屋空いていたので素泊まり予約していた。 出発の日、両親が駅まで見送りにきてくれた。車は動かないので自転車で。 山形行きのバス停には、もう沢山人が並んでいた。電気、ガスが途絶えていないお隣の山形に言ってお風呂に入ってくる人も多いのだ。 両親も一緒に行ってお風呂に入ればいいのにと誘ったが、あまり気乗りしないようだったので無理は言わなかった。両親も、自分たちだけ温泉に入ることに引け目を感じていたのかもしれない。 そして仙台を出発。 あっけなく、あっという間に山形に着いた。 この夜が一番怖かった。 地震の後、一人で夜を過ごしたのは初めてだった。 たびたび起こる地震で、天井からぶら下がる電気がぐらぐら揺れて、ふすまがガタガタ音をたてた。 ひとりぼっちっていやだな。 夜、地震後初のお風呂に入った。 お風呂で、一人の女性と会った。 話しかけると、福島の南相馬から来たという。 「避難圏内にはぎりぎり入っていないのだけれど、みんな疲れちゃって、気を落ち着けるためにも来たんです。明日にはとりあえず帰るのよ。どうなるか分からないけれど。」 その人と話してるうちに、涙が止まらなくなった。私なんかよりずっとずっと不安だろうに、子供たちも守らなきゃいけない。悲しくて、不安で、そんな気持ちを共有してるうちにわーわー泣けてきた。 よくよく考えたら、地震の後泣いたのはその時が初めてだった。栓をぬいたように勢いよく長い間泣いていた。 ゆっくり入っていたら、湯あたりしてしまった。 気持ち悪くなってうーうー言いながら朝を待った。 山形だけれど、電力不足やらで夜暖房がとまってしまった。 掛け布団2枚かぶってぶるぶるいいながら朝を待った。 そして朝がくる。 タクシーで空港へ。 自分が乗る飛行機が到着した。 降りてくる人の8割が赤十字の人だった。 赤い服を来て、「看護師」「医師」などと書かれたゼッケンをつけていた。 大丈夫、みんな見捨てられてなんかない。 私もすぐに戻ってきます。


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